このエッセイを書く時間もなく忙しくしていたら、体調を崩して入院してしまった。知らないあいだに無理をしていたらしい。
久々の長期入院だった。前回は10年ほど前で、手術だったため、あらかじめiPodを持っていって、イヤホンで聞いていた。手術前夜に音楽で勇気づけられたものだ。
さて、今回は緊急入院だったため、何も持ってきていなかった。そもそも、最近はiPodも使っておらず、外で音楽をあまり聞いていなかった。
そこでやはり便利なのはスマホである。頭にあるジュークボックスから、検索に入れると、簡単にYouTubeで出てくる。便利な時代になったものだ。
ただ一つの難は、病院にWi-Fiがないこと。まぁホテルじゃないんだから、と家族に言われた。(最近は、Wi-Fiレンタルの病院もあるらしい。)
さておき、今回気づいたことを2つ。
1、体調の悪いとき、聞きたくなるのは自分が10〜20代に好きだった音楽。
当時の元気だった自分や、元気だった家族を思い出して安心するからだろうか?
2、病状に合わせて聞きたい音楽は変わる。
TVをつけてみると、子ども向け番組の音楽が一番ハイテンションだ。次に最近のダンスミュージック(と言うのかもわからないが)。とにかくハイテンポで、体がついていかず、心地よく感じない。
本当に体調がつらいときは、スローテンポがいい。逆に体調が良くなってくると、テンポが上がった曲が聞きたくなるのだ。
昔、本当に悲しいときはスローテンポの曲を聞くのが良い、と聞いたことを思い出す。
やはり、音楽は人間の心拍に関係しているのだと実感した。
これを上手く日常生活に取り入れられないか、以前考えていたことを思い出した。
聞きたい曲によって、自分の体調を客観的に見る、ということだ。
TVの音楽番組を見ると、再生回数〇〇回超え、などと書いてあるが、どうも共感できない。
もしかしてこれは、私自身の耳の衰えなのではないか?
そういえば最近こんなことがあった。
とある小学校の体育館で、演劇公演をした時のこと。
こどもたちが、やたら落ち着きがなかったのだ。演劇中に足をバタバタさせたり、歩き回ったり、ともかくずっとざわついていた。しーんとなる瞬間のない、初めての公演だった。
しかし、ピアノが入って歌になると、皆ノリノリで、すぐ手拍子したり、ご機嫌になるのだ。
終わってからふと気づいたことがある。
体育館には、ずっとモスキート音が鳴っていたのだ。
劇団員の中でも私ともう一人しか聞こえていなかった、あのキーンとした高い音である。
こどもたちにはずっと聞こえていたはずだ。だから無意識にイラついていたのではないか。
モスキート音は、年齢と共に聞こえなくなるという。しかし、古い話で申し訳ないが、CDが出た時、人間の聞こえる周波数はカバーしているが、レコードはその周波数を超えたものが録音されているから、全く違って聞こえると言われた。
聞こえていないのに、聞こえている。フシギだなと思ったが、確かにそうだと思った。
イマドキの音楽が好きになれないのは、この聞えこない部分が聞こえないからかもしれない。年齢を経ると聞こえない音域が増えるのに?
同じ曲なのに、若い頃にはアナログで聞いていて、今はデジタルで聞いている。若い頃は聞こえていた/聞こえていなかったアナログの音域は、今デジタルで音域も限られ、自分の耳も衰え、かなり全体の音域は狭まっていると思われるが、もしかして、かつて若い頃聞いていた音を、記憶で補っているのかもしれない。懐かしさという感情とともに。